山形県の最北端に遊佐町があり、上蕨岡(かみわらびおか)地区には、「真言宗 智山派 鳥海山 龍頭寺」があります。
このお寺で、11月9日(土)~10日(日)仁王尊像の足の裏を拝見できるということで、ワクワクしながら行ってきました。
仁王さまの足はいつでも見ることができても、足の裏は今しか見られない、しかも実際にさわることができる、一生に一度の貴重な体験です!
すばらしい体験を、みなさまにおすそ分けします。
【目 次】
1.1年半ぶりに仁王さまに再会
2018年5月に、おとなりの「鳥海山大物忌神社の蕨岡口の宮」に参拝に来たときに龍頭寺にも立ち寄り、はじめて仁王さまにお会いしました。
入り口の向かって右が阿形(あぎょう)の仁王さま、左が吽形(うんぎょう)の仁王さまで高さが3.3メートルもあります。
遊佐町指定の有形文化財であり、阿形の仁王さまは口を開き、吽形の仁王さまは口を固く閉じていました。
龍頭寺本堂玄関前(2018.5月撮影)
向かって右が阿形の仁王さま
向かって左が吽形の仁王さま
この地区には昔から、「子どものはしかが軽く済むように、仁王様の股くぐりをして子どもの成長を願う」という風習があり、地元の方々にも深く関わりのある仁王さまです。
2.なぜ2019年11月9日~10日は仁王さまの足裏が見られるの?
直立している仁王さまなら、決して足裏を見ることができないのですが、仁王さまが立っていた本堂玄関の改修工事で、なんと150年ぶりに一時的に本堂に動かされ、特別参拝されることになりました。
15年ぶりではないです。150年ぶりです!
今は本堂に横たえられているため、仁王さまの足裏を見ることも、さわることもできるのです。
ドキドキしながら本堂の入り口を開けて、目に飛び込んできた光景は・・・
なんと!
さらしに体を巻かれて横たわっている仁王さま・・・
大ケガをしてしまって、からだ全体に包帯を巻かれているような、痛々しい光景に一瞬息を飲みました。
仁王さまを運ぶときに傷つけないように、体をさらしで巻かれていたのです。
しかも頭がはずされていました。
でも、頭がはずされたおかげで、吽形の仁王さまの首元に、いつだれが仁王さまを作られたか書かれてあるのが見つかりました。
首元に像立年と佛師・塗師の名前が書いてあります。
寛政四年十月吉日
庄内酒田松山 佛師 清治郎
酒田檜物町 塗師 治兵衛倅幸助 三良兵衛内多助
つまり、松山の佛師である清治郎さんが仁王さまを彫り、檜物町の塗師である治兵衛さんの息子の幸助さんと、三良兵衛さんの家の多助さんが朱色に塗って、今(2019年)から227年前の1792年(寛政四年)に像立したのです。
それがわかっただけでも大発見です。
仁王さまのお顔をよく見ると、目の中には血管まで作られていて、血走ったようすがはっきりと表現されているのには驚きました。
血走った迫力のある目は、まるで命が宿っているようです。
佛師の清治郎さんは、細かいところまで、本当に丁寧に仕事をされています。
体の中は、意外にも空洞でした。
3.実は仁王さまは、おとなりの大物忌神社の仁王門から移されたのだった!
仁王さまは、はじめから龍頭寺の玄関に祀(まつ)られていたのではなく、明治6年(1873年)の神仏分離令により、おとなりの鳥海山大物忌神社蕨岡口之宮の仁王門(現在は随神門)から移されました。
鳥海山大物忌神社蕨岡口之宮の随神門
向かって右側の随神門
向かって左側の随神門
右側に阿形(あぎょう)、左側に吽形(うんぎょう)の仁王さまがいらしたのですね。
227年前に造られた仁王さまをこんなにも近くで拝見することができて、帰りには、仁王さまの足の裏にもさわらせていただき、とても満足した気持ちで帰りました。
仁王さまへ
今度は立ったお姿を拝見したいので、また会いに行かせていただきますね。
ありがとうございました。
追加記事 【2020年6月】遊佐町龍頭寺のリニューアルされた仁王様と再々会!
おとなりの鳥海山大物忌神社蕨岡口之宮についてもいろいろ調べましたので、よろしかったらごらんください。
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