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【蕨岡口之宮】鳥海山大物忌神社の歴史と大御幣祭り・蕨岡延年の舞!

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私が住んでいる山形県の遊佐町には、「鳥海山大物忌神社(ちょうかいさんおおものいみじんじゃ)の里宮(さとみや)が二か所あります。山頂までお参りに行けない人々のために、吹浦(ふくら)と蕨岡(わらびおか)に設けられました。里宮は「口之宮(くちのみや)」とも言われています。

それでは、遊佐町の南東部にある「蕨岡口之宮」の様子をご紹介いたします。

1. 蕨岡口之宮の様子

「蕨岡口之宮」を訪れると、まずは「二の鳥居」が迎えてくれます。

蕨岡口之宮 二の鳥居

駐車場は正面(二の鳥居)向かって左脇にあり、車が20台くらい停められます。

蕨岡大物忌神社駐車場

駐車場入り口

*住所
山形県飽海郡遊佐町上蕨岡松ヶ丘51
(やまがたけんあくみぐんゆざまちかみわらびおかまつがおか51)
TEL 0234-77-2301 吹浦口之宮
*蕨岡口之宮では社務所に常駐していないため

見 学:無料
駐車場:無料

境内にある案内板には、次のように記(しる)されていました。

鳥海山は、その雄姿(ゆうし)と度重(たびかさ)なる火山活動から、不安定な治安と相まって古代から神階奉授(しんかいほうじゅ)が繰返され、大物忌神(おおものいみのかみ)として崇敬(すうけい)されてきた信仰の山である。中世には修験道(しゅげんどう)の霊場(れいじょう)としてその地位を確たるものとした。近世になって、鳥海山を取巻く各地には、修験衆徒(しゅげんしゅうと)がそれぞれの活動拠点を設け、霊峰(れいほう)への登拝口(とうはいぐち)とした。なかでも蕨岡の衆徒は、龍頭寺(りゅうとうじ)を学頭として、鳥海山表口(おもてぐち)、順峯(じゅんぷ)・蕨岡三十三坊と称して、登拝口のなかでも最も強力な勢力を誇った。(蕨岡大物忌神社境内案内板より 以下省略)

二の鳥居をぬけるとすぐに随神門(ずいしんもん)があります。

蕨岡口之宮 随神門

門の真ん中にある扁額には、「出羽一之宮」の文字が刻まれています。

蕨岡口之宮 扁額

一宮とは・・・
ある地域の中で最も社格の高いとされる神社で、「一の宮」・「一之宮」などとも書く。(ウィキペディアより)

一宮の提灯(ちょうちん)

蕨岡口之宮 随神門(ずいしんもん)
「一宮」の提灯(ちょうちん)

随神門の両脇が空(から)になっていたので気になって調べてみたら、かつては仁王門と呼ばれていました。

向かって右の随神門

向かって右

向かって左の随神門

向かって左

お隣の龍頭寺に仁王像が立っていたので、もしかしたら移されたのではないかと思い、お寺の方にお話をうかがってみました。やはり、想像どおり「慶応4年の神仏分離の時に、大物忌神社の随神門の仁王像がこちらにおいでになられました。」というお話をされました。

神仏分離(しんぶつぶんり)とは・・・
神仏習合の習慣を禁止し、神道と仏教、神と仏、神社と寺院とをはっきり区別させること。(ウィキペディアより)

かつて随神門に立っていた仁王像

かつて随神門に立っていた仁王像
(現在は龍頭寺)

随神門をぬけると、右前方に朱塗りの建物の「神楽殿(かぐらでん)」があります。この神楽殿は、もともとは鐘つき堂として建立(こんりゅう)されましたが、慶応4年の神仏分離の際に「神楽殿」に改められました。

5月3日の例大祭では、この舞台の上で「蕨岡延年(わらびおかえんねん)の舞」が奉納されます。

蕨岡口之宮 神楽殿

神楽殿をすぎて石段を上ると、左手に「三の鳥居」が見えます。

蕨岡口之宮 三の鳥居

「三の鳥居」をくぐって直角に曲がると、まっすぐ先に「本殿」があります。明治29年に建てられ、床下が深くて、とても大きく迫力がある本殿です。

蕨岡口之宮 本殿

本殿前の狛犬(こまいぬ)

本殿の前の狛犬(こまいぬ)

境内には小さいですが、複数の神社がありました。

風神社と荘照居成神社

摂社 風(ふう)神社
末社 荘照居成(そうしょういなり)神社

火鎮、松ヶ丘、白山神社

左から 末社 火鎮(ほずめ)神社
松ケ岡(まつがおか)神社
白山(しらやま)神社

末社 木丈葉(きだけは)神社

摂社(せっしゃ)・末社(まっしゃ)とは・・・
神道の神社で、本社に付属し本社に縁故の深い神を祀(まつ)った神社を「摂社」といい、それよりもさらに小規模な付属社を「末社」という。本社の境内にあるものと境外にあるものとがある。(世界宗教用語大辞典より)

蕨岡は吹浦と同じように鳥海山に参拝するための登拝口で、33もの宿坊があった修験集落として、とても栄えました。

過去には吹浦と蕨岡の間で、鳥海山の支配権をめぐり争いがあったということです。現在では争いごとはなくなり、お互いに行き来して祭事を執り行っています。

2. 「 蕨岡口之宮例大祭」<大御幣(だいおんべい)祭り>(5月3日)

いつもは不在な社務所ですが、5月3日は例大祭のため入り口に明かりが灯っていました。

蕨岡口之宮 社務所

午前は拝殿で例祭が行われ、午後からは大御幣(だいおんべい)祭りと「蕨岡延年(わらびおかえんねん)の舞」が演じられました。

大御幣祭りは、もともとは鳥海蕨岡修験者の10か月にも及ぶ修行の最終段階として行われていました。修験者に扮した若者たちと地元の人々が、大御幣をひきずりながら神宿(かみやど)から神社へと運びます。

大御幣1御幣(おんべい)のてっぺんには表に太陽、裏に月が描かれた剣先(けんさき)がついています。神社の前に無事到着したら、「一の剣先」と呼ばれる若者が高さ5m40cmもある大御幣の先にある剣先の向きを変えるため、てっぺんまでよじ登ります。

大御幣2

そして「剣先」の月を大物忌神社に向けて正面にして、万歳を唱えます。

大御幣の上で万歳

引き続き大御幣を拝殿前まで移し、拝殿前の庭の穴に突き刺します。

大御幣3

引き綱を使って9回も回転させ、鳥海山の安寧(あんねい)と五穀豊穣(ごごくほうじょう)を祈ります。

大御幣周りを回る

3. 蕨岡延年(わらびおかえんねん)の舞

神楽殿では、「蕨岡延年(わらびおかえんねん)の舞」の奉納が始まります。
修験道の修行の一つとして、室町時代から伝えられてきているという蕨岡延年の舞は、平成5年に山形県無形民俗文化財に指定されました。

舞楽(ぶがく)系と児舞(ちごまい)系から成り、舞楽系は大人の舞で「振鉾(えんぶ)」・「陵王(りょうおう)」・「倶舎(ぐしゃ)」・「太平楽(たいへいらく)」の4演目。

蕨岡延年 振鉾の舞

振鉾(えんぶ)・お祓(はら)いの舞

蕨岡延年 倶舎の舞

倶舎(ぐしゃ)・・・扇の舞

稚児舞は、子どもたちが赤い着物を着て「童哉礼(どうやり)」・「童法(どうほう)」・「壇内入(たないり)」の3演目が舞われます。

蕨岡延年 童哉礼の舞

童哉礼(どうやり)

蕨岡でも吹浦の祭りと同じように、地域の子どもたちが小さな頃から地域の伝統的な行事にかかわって、伝統芸能を伝承し、地域の祭りを盛り上げてくれています。本来であれば男子が舞台で舞うのですが、少子化の影響で現在は女子も加わり引き継がれています。

稚児舞を終えて、ホッと一息ついている無邪気な子供たちでした。

これからもずっと、かわいい稚児舞が伝承され続けてほしいものですね。

赤い着物のかわいい子供たち

JR遊佐駅から車で10分
日本海東北自動車道 酒田みなとICから車で20分

4. もとは随神門にあった龍頭寺の仁王像

ちょっと寄り道して・・・

こちらがお隣の「龍頭寺」です。

お隣りの龍頭寺右側の仁王さまは口を開けています。

向かって右の仁王様

左側の仁王さまは口を閉じていました。

向かって左の仁王様年代の古さがうかがえて、なおかつ力強く立派な仁王さまでした。

関連記事 【2019年11月】遊佐町龍頭寺の仁王さまの足裏にさわって感激、見て感激!

参考図書:週刊日本の神社 鳥海山大物忌神社(発行元 ディアゴスティーニ)・鳥海山-自然・歴史・文化(発行元 鳥海山大物忌神社)

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