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【2023年10月】遊佐町上蕨岡「山本坊」の庭園で歌人鳥海昭子さんを偲ぶ

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上蕨岡の「山本坊」庭園

2023(令和5)年10月8日撮影

山形県遊佐町上蕨岡(かみわらびおか)地区にある「鳥海山大物忌神社蕨岡口之宮」や「龍頭寺」を最後に訪れたのは、2020(令和2)年6月。

あれから3年以上も過ぎ、今また私はこの地を訪れました。

今回の目的は、歌人であった鳥海昭子(とりのうみ あきこ)さんの生家である「山本坊」の庭園を見てみたいと思ったからです。

上蕨岡地区は鳥海山に参拝するための登拝口になっていたことから、33もの宿坊があった修験集落として、過去にはとても栄えました。

今でもその名残があり、「山本坊」へ行くまでに見つけたのは、「般若(はんにゃ)坊」、「南ノ(みなみの)坊」、「宝泉(ほうせん)坊」の表札。

南ノ坊

南ノ坊

「山本坊」の庭園までは、「鳥海山大物忌神社蕨岡口之宮」や「龍頭寺」から歩いて5分ほどです。

現在も、鳥海昭子さんの弟さんが住まわれており、「お庭を見せてください。」とお願いして見せていただきました。

今からちょうど18年前、2005(平成17)年10月9日に76歳で逝去された鳥海さんを偲びつつ、鳥海さんと「山本坊」の庭園をご紹介いたします。

1.歌人の鳥海昭子さんはどんな人?

1929(昭和4)年 山形県遊佐町の上蕨岡に生まれた鳥海昭子さんは、豊かな自然の中で草花に親しみながら育ちました。

1948(昭和23)年19歳のときには歌人になる夢を抱いて上京し、さまざまな仕事をして働きながら夜間の大学を卒業します。

1959(昭和34)年30歳で結婚。児童養護施設の洗濯婦からやがて児童指導員となり、身寄りがなかったり、虐待を受けた子どもたちと関わっていきます。

1985(昭和60)年56歳のときに、子どもたちとのふれあいの中で生まれた初の歌集『花いちもんめ』が第29回現代歌人協会賞を受賞し、その後もたくさんの歌集やエッセイを発表します。

「波乱万丈の人生を、どのように生きてきたか」と問われ、「『ふるさとと貧乏と子ども』この3つを頼りに生きてきた」と語った鳥海さん。

1993(平成5)年 養護施設を退職した5か月後に64歳ですい臓がんを患いますが、NHKの<ラジオ深夜便>での「明日の日の出の時刻をお知らせします」を聞くたびに、生きる希望を見い出します。

そして、その放送の中で、これまでの経験や想いをもとに詠みためた誕生日の花にちなんだ短歌が365日間紹介されるまでになりました。

2005(平成17)年10月9日 誕生日の花と短歌が放送中でしたが、76歳で静かに生涯を閉じました。

2.「山本坊」への行き方と庭園内のようす

次に、鳥海昭子さんの生家である「山本坊」への行き方と、庭園内のようすをご案内します。

今まで何度か訪れた「鳥海山大物忌神社蕨岡口之宮」前の駐車場に車を停め、

鳥海山大物忌神社蕨岡口の宮 随神門

鳥海山大物忌神社蕨岡口之宮 随神門

お隣の「龍頭寺」を左手に見て、道なりに進みます。

龍頭寺の仁王像

龍頭寺の仁王像

この道をまっすぐ行って、

山本坊への道

ちょうど曲がり角に「山本坊」はありました。

山本坊の入り口 1

 

山本坊の石門

さらに角を曲がって進んだところ

山本坊の曲がり角

庭園への入り口を見つけました。

山本坊庭園の入り口 2

「山本坊」庭園の入り口

この門の脇には立て札があり、3つの見どころが書いてありました。

山本坊庭園の立て札

「山本坊」庭園入り口横の立て札

山本坊の庭園

蕨岡修験三十三坊の一つである山本坊の庭園は、松岳山中腹の傾斜面を自然そのままに利用している。庭石は全て出羽山地の岩石で岩組されているのが特徴の池泉廻遊式庭園。

山本坊のツバキ(遊佐町指定天然記念物)

根回り2.37m、目通り1.87m、樹高7m、遊佐町内最大のヤブツバキ

歌人「鳥海昭子(とりのうみあきこ)歌碑

歌集「花いちもんめ」で現代歌人協会賞受賞。ラジオ深夜便「誕生日の花にちなんだ短歌」の作者で、〝花の短歌”を育んだ歌人鳥海昭子の生家に平成26年5月に建立された。

この階段を上れば、山本坊の庭園に着きます。

山本坊庭園への階段

「山本坊」庭園への階段

まず驚いたのは、写真には納まりきらないほど広くて立派な庭園です。

遊佐町山本坊庭園 1

「山本坊」の庭園

立て札の説明によると、この庭園は池泉廻遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)と言います。

大きな池を中心にして、その周りを回遊して鑑賞することができる庭園で、いろいろな角度から眺めることができて、その変化を楽しむことができます。

そして、庭園を眺めているだけでおだやかな気持ちになり、いつまでもたたずんでいたくなります。

遊佐町山本坊庭園 2

鳥海さんもこの庭園を見て育ち、帰省の折にも眺めていらっしゃったのですね。

次に見たのは、高さが7mもある大きなツバキの木です。

山本坊のツバキ

山本坊のツバキ

1995(平成7)年12月22日に、遊佐町の天然記念物に指定されました。

遊佐町内最大のヤブツバキだそうですが、ツバキとは思えないほどの大きさでした。

そして、ヤブツバキのすぐ近くに鳥海さんの歌碑がありました。

鳥海昭子 歌碑

鳥海昭子さんの歌碑

歌碑は2014(平成26)年に建立され、

「季(とき)外(そ)れて咲くタンポポの小ささよ それでいいのよ それでいいのよ」

という短歌が刻まれていました。

私は、鳥海昭子さんのお名前だけは知っていましたが、どんな方で、どんな短歌を作っていたか何も知りませんでした。

「それでいいのよ それでいいのよ」、こんなに優しい言葉をかけてもらえたなら、どんな自分でもありのまま、まるごと受け止めてもらえたようで、胸にジーンと来ますね。

私も、そう言える人になりたいものです。

鳥海さんのことも、この短歌も大好きになりました。

3.鳥海昭子さんはふくろうが好き

庭園を見回ってみると、気がつけば、あちこちにふくろうの飾り物がありました。

縁側に出て来られた鳥海さんの弟さんの話では、鳥海さんはふくろうが好きだったそうで、「家の中にも置物がいっぱいあるんだ」とおっしゃっていました。

偶然にも、私もふくろうが好きだったので、共通点を見つけて、うれしくなりました。

ふくろうのグッズ1

ふくろうのグッズ2

ふくろうのグッズ3

帰り際、庭園の門から出るときにも、ふくろうの飾り物がありました。

ふくろうのグッズ4

季節ごとに変化する庭園の景色を、一年を通して見てみたい・・・

鳥海さん、ふくろうさん また来ますね。

【3年ぶりの投稿となりました】

2023(令和5)年9月27日、お問い合わせのページから1通のメールが届きました。

全く存じ上げない方から「更新はもう止まってしまった感じでしょうか?」と・・・

私のサイトを見て、更新を期待してメールをくださる人がいらっしゃることを驚くとともに、「読んでくださる方がいるのなら、また書こう」という気持ちになりました。

Wさま、ありがとうございます。

「書くことは考えること生きること あしたの陽(ひ)の出は六時ハ分」(鳥海昭子)

鳥海さん、あなたが遺(のこ)してくださったこの短歌は、これからずっと私の心の中に生き続けます。

はっぴぃの顔(ありがとう)

 〒999-8314 山形県飽海郡遊佐町上蕨岡字松ヶ丘20

JR遊佐駅より車で10分

日本海東北自動車道酒田みなとIC より車で20分

【関連記事 1】【蕨岡口之宮】鳥海山大物忌神社の歴史と大御弊祭り・蕨岡延年の舞!

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<参考文献>
🔷ラジオ深夜便 誕生日の花と短歌365日 NHKサービスセンター
🔷ラジオ深夜便 誕生日の花と短歌365日(新装改訂版) 短歌とエッセー 鳥海昭子 NHKサービスセンター
🔷花いちもんめ 鳥海昭子歌集 雁書館
🔷ほんじつ吉日 鳥海昭子歌集 ながらみ書房
🔷あしたの陽の出 鳥海昭子 藍書房
🔷輝ける遊佐(まち)つくりびと  山形県遊佐町

あしたの陽の出 の表紙

「あしたの陽の出」の表紙

あしたの陽の出 の裏表紙

「あしたの陽の出」の裏表紙

裏表紙にも、ふくろうがいました。(*^-^*)

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